三枝愛インタビュー「そこ(キューブ)に無い物に気づくきっかけとして、キューブ空間がある」
出展作品<庭のほつれ>
自身の生まれ育った環境とその変化を追うインスタレーションシリーズ。東日本大震災以降、関東近郊の椎茸農家は深刻な原木不足に陥り、原木を支えてきた板は、原木の不在によって次々とたわみ、土に打ち付けた棒は根元から折れた。それを引き起こしてきた核となる存在を、白いCUBEの中に一時的にとどめることで、誰もがその場に立ち会え、箱の外側へと続いていく物語を掴む手掛かりとなっていく。
―応募のきっかけを教えて頂けますか?
三枝:〈庭のほつれ〉シリーズの最初から最近まで節目に当たる作品を見て下さってたライターさんが教えて下さったのがきっかけです。「身体のゆくえ」っていうテーマ設定自体も面白いと思いましたし、審査員が美術っていうジャンルに限定されていないのも自分にとってはすごくやりやすいのかもしれないと思った。
―テーマ「身体のゆくえ」をどのように解釈しましたか。
三枝:「身体」って、人間の身体と限定しなくても良いのかなって。私が制作上扱っている物の多くは、人が使っていた道具だったり、誰かが何かのかたちで関与してた場所だったり。ある事情で手放したり忘れられたりして、それまでの関係が途絶えてるもの。本来の役割を終えた物だったり、手をかけて育てる人がいなくなった土地だったり、“物のゆくえ”っていう風に、考えています。
―キューブと作品構想の関係についてお聞かせください。
三枝:自分の手に取った特別な物(作品)をある場所に置いていくってことは、その場所のことを考えざるを得ないと思っているんですが、綺麗に整えられた箱状の空間がたくさん並んでいる場って、単なるホワイトキューブより異質な状況になっていくんだろうなと。ただ用意されたキューブではなく、そこに対して自分で変形を加えていけるので、普段よりも一歩踏み込んだ場との関わり方になっていくのかな。
―美術館で実物大のキューブを見て、「環境との結びつきが今回の作品を成立させる為に非常に重要になってくるのかも」とおっしゃっていましたね。
三枝:私の作品では、空間の中での物のあり方とか、持ち込んだ物・見えてる物がそこまで重要では無いかもしれないと思っていて。もちろん特別な物なんですけど、見たからといって何かが起きるという訳でもないし、これがあれば絶対に伝わるってことでも無い。外側、それはキューブの周辺の空間かもしれないし、キューブの中にある物がやってきた庭だったり、庭にあった木とか、物が来たもっと遠くのどこかだったりとか、ずっと繋がっていくんですけど、どういう所をたどってキューブの中に存在しているのかを考えるきっかけ、何かに気づくきっかけをキューブの存在が遮断することになってはいけないと思うんです。
むしろそこに無い物の事がとても大切で、そこに目を向ける為のきっかけとしてキューブの内側の空間がある。内側だけで完結するのでは決して無い。
―三枝さんの制作スタイルはどのように生まれたのでしょう。
三枝:いろんなことを実験的にやって、何となく自分の立ち位置みたいな物が見え始めたり、また消えかけたりを繰り返していく中で、いったん制作に対するモチベーションが完全にゼロになった瞬間があったんです。
高校時代の同級生で、同じ様な人に影響を受けてきて、感覚的に共有できるものが凄く多い人と、一緒に何かをしたいって、共同制作をやったんです。2人で作るっていうのは何かを思いついて形にするまでが自分のリズムだけでは出来なくて、相手がやるってタイミングになるまで待ち続けたりとか自分の中に何か考えがあってもそれを言い過ぎると飽和しちゃうので、ちょっと止めておかないといけなかったり。とにかく待つ時間が多いんです。それに慣れてくると自分で作るきっかけを作ったり、すぐに動き始めるってことが出来なくなって。
でも、課題でどうしても何かを作らなくちゃいけないってなった時に、手が伸びた先が、庭に落ちている椎茸栽培に使われてた木や壊れた秤だったんです。それがきっかけとなり、学部の3年生から4年生にかけて<庭のほつれ>シリーズを継続的に作ってきました。
既に誰かが手にした物だったり、向こうからきっかけを与えてくれるものだったり、そういう存在に目が向いたのは共同制作からの流れがあったからと思います。
庭のほつれ(2016) photo:松尾宇人
―<庭のほつれ>シリーズは今後も継続されていくのでしょうか?
三枝:そうですね。2年間続けてきて卒業制作で一旦区切りがついたかな。卒業制作の中で扱えなかった部分も3月のグループ展の中で出来たので、自分としては落ち着いた感じがあったんです。
今年に入ってからは違う場所で違う物を手に取ってそれをいろんな所に持って行ったり、その物のことを調べたり別の形に置き換えたりということをしているんですけど、<庭のほつれ>に関してはどこかのタイミングで大きく扱ったりすることもあるでしょうし、定点観測的にずっと見ていくし、関わっていくと思っています。
―<庭のほつれ>シリーズで新たな表現となる、今回の作品について。
三枝:今までは、きのこの原木を支えていた板だったり菌を植える時に出るおがくずだったり、椎茸栽培の“周辺”にあるものを扱っていたんですけど、庭の景色、栽培している状況そのものが大きく変わるきっかけが、震災から原木が入ってこなくなったこと―今まで使ってきた福島の原木が使えなくなってしまったって事実が大きくあって。〈庭のほつれ〉というシリーズをこの先どういう風にやっていこうか考える機会でもあると思い、今回初めて原木を作品の中で扱おうとしています。
―今回の作品につながる、過去の作品について。
三枝:今年、「熱海アートウィーク」という展覧会に卒業してすぐ参加しました。渚っていう町にあるスナックの空き店舗の中で滞在制作で。
渚町は埋め立てできた町で、元々は海や砂浜だったんです。今は、コンクリートで固められた、土がほとんどない町。観光地に砂浜が無いのは良くないって、新しく熱海サンビーチっていう人工的な砂浜が出来るんですが、わたしは元々砂浜のあった町にあるスナックの店舗の中に、熱海サンビーチの砂を持ち込んで敷き詰めた。そのサンビーチの砂は千葉の山から来てるんです。
その場所に行ってリサーチをするっていうよりも、自分がそこに居て何となく聞こえてきた情報を頼りに作品を作っていって、それを作ったことによって、人から何かその土地の話を聞き出すきっかけになれば良いなっていう考え方、作り方です。
そこで見つけた物があって。すっからかんのお家の中になぜか押し入れの片隅に鑿(のみ)が一本あったんです。大家さんに見せて、「こんなのが出てきたんですけど何でしょうね」って。
大家さんも代替わりしているし、昔の事だから誰の物かも何でそれがそこにあるのかも解らないって。ただ鑿の事が気になって一年間の約束で預かって鑿と一緒にいろんな所に行っている。今もここにあります。これは継続中の作品の一つで、最終的にどういう形になるのかは解らない。半年過ぎて3月には返しに行くんですけど、返しに行ったからって終わるものでも無くなってきてる気がしていて。この先どうなるか解らないですけど、今こういう物を扱っています。
―東日本大震災とそのあとに続く出来事を、三枝さん自身はどのように体験されましたか?
三枝:最初の揺れがあった時は偶然家にいたんです。2、3日前に芸大の二次試験が終わって、結果はまだ出てないんだけどこれからどうしようかな、この先自分が制作を続けて行くのであれば何か物を作る為の場所が欲しいなって前々から思っていて、実家の向かいにある3歳まで住んでいた家が物置になってたのを片付けてアトリエにしようとしてたんです。
段ボールを畳んだり物を動かしてる最中に地震がきたので、自分がその家に入っていくっていう事と大きな揺れがきたって事が無関係には思えなかった。それから余震が続いてましたけど、一週間位は淡々と家の片付けを過ごしていて。今もそのアトリエを使って制作をしているんです。庭から拾って来た物が最初に入る部屋がそこ。そこからどこかに展示されたりしていく。
大きく影響が出てくるのは地震があった1年後とか2年後になってくるんです。地震は3月で、原木も運び込まれて埼玉の家の敷地に積まれている状態だったので、ほとんどが無事だったんです。最後のトラック1台分が、福島の山のどこかにすぐにでも運び出せる様な状態でブルーシートが掛けられたまま残ってしまっていて、「送って良いですか」と電話が掛かってきて。「ブルーシートも掛かってるから放射能も大丈夫なはずだから」って話だったんですけど。それは―って事でその1台分は父がお断りして。その先はずっと福島から木は取れない。この先もずっと難しいんじゃ無いですかね。
木っていうのはすぐに育つものでもないし、土がダメになったらそこから木が育ってくるまでなかなか。
20年以上ずっと同じ所から買っていたんですけども、その関係が途絶えてしまって。次の年からいろんな人から譲ってもらって、少しずつかき集めてやるっていう状況で。今は別の場所から纏まった数が入って来るようになったんですけど、私が見てもそれまでの物と少し違っているっていうのが解る。数も激減しています。
きのこのほだ木は三年間使えるので、2011年に入ってきたのが12,13年と経て、14年位になってから、それまでの数とは変わってきて、原木を支えていた板もいらなくなってくるし、ほだ木を立て掛けることで安定する板が自分の重さで倒れていく状況になっています。
庭のほつれ(2015) photo:吉原かおり(Yoshihara Kaori)
―来場者へのメッセージをお願いします。
三枝:搬入の時期が3月。しいたけの植菌にちょうど重なる時期です。植菌は、原木に穴をあけて菌を打ってロウで蓋をするって作業を2ヶ月・3ヶ月かけてやるんですが、削りたてのおがくずって、独特な匂いが強くあるんです。出来立てのおがくずをたくさん持ってくることが出来るので、そのおがくずを使ってインスタレーションを作ります。新鮮な匂いって、作品にとってすごい重要な要素になってくるので、見えているものだけじゃなくて、そういう部分でも含めてみてもらえたら。
ありがとうございました。
スタジオGURA(京都・伏見)にて2016年11月4日インタビュー
聞き手:伊藤・鳥羽
作家紹介動画はこちら